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ボクセル、メッシュ、NeRF:AIが拓く3次元アートの技術と創造性

Tags: AIアート, 3D生成, NeRF, ボクセル, メッシュ, コンピュータグラフィックス, 機械学習, 生成モデル

イントロダクション:2次元を超えて、AIは3次元空間へ

AIによる画像生成技術、特に拡散モデルの進化は目覚ましいものがあり、既に様々なアート表現に応用されています。しかし、人間の創造性が探求する領域は2次元平面に留まりません。物理的な空間、仮想現実、インタラクティブインスタレーションなど、3次元空間における表現もまた重要な創造のフロンティアです。

近年、AI技術は単なる2次元画像の生成から、3次元の形状やシーンを生成・操作する方向へと進化を遂げています。これは、AIと人間が共に創るアート表現において、全く新しい可能性を切り拓くものです。本稿では、AIが3次元コンテンツをどのように捉え、生成するのか、その根幹をなす技術(ボクセル、メッシュ、そして近年注目されるNeural Radiance Fields: NeRFなど)に焦点を当て、それらがアート表現にいかに応用されうるかを探求します。

AIによる3次元コンテンツ生成技術の基礎

伝統的な3Dコンテンツ制作は、専門的なモデリングソフトウェアを用いた手作業や、高価な機材を用いたスキャンといった手法が中心でした。これに対し、AIによる生成は、データから学習し、新たな3D形状や空間を自動的あるいは半自動的に創り出すことを目指します。その実現には、3次元データをコンピュータがどのように表現するかが重要な鍵となります。

主な3次元データ表現形式には、以下のようなものがあります。

  1. ボクセル(Voxels): 3次元空間を格子状に区切り、各格子セル(ボクセル)が空間を占有しているか否か、あるいは色や密度といった属性を持つかで形状を表現します。これは2次元のピクセルを3次元に拡張したものと言えます。
  2. メッシュ(Meshes): 頂点(Vertices)、辺(Edges)、面(Faces、通常は三角形や四角形)の集合で表面形状を表現します。コンピュータグラフィックスで最も一般的に使用される形式です。
  3. 点群(Point Clouds): 空間上の点の集合でオブジェクトを表現します。各点は位置情報に加え、色や法線などの属性を持つことがあります。3Dスキャンデータなどによく用いられます。
  4. 符号化表現(Implicit Representations / Neural Fieldsなど): 空間上の任意の点 (x, y, z) に対し、その点がオブジェクトの内部にあるか外部にあるか(距離や密度)、あるいは色などの属性を返す関数(通常はニューラルネットワーク)で形状や外観を表現します。NeRFはこのカテゴリに含まれます。

AIによる3D生成は、これらの異なるデータ形式をターゲットとして、様々なモデルアーキテクチャや学習手法が提案されています。

ボクセルベース生成:空間の積層による創造

ボクセル表現は、特にボリュームデータや不規則な形状の扱いに適しています。AIによるボクセルベースの生成モデルは、3次元畳み込みニューラルネットワーク(3D CNN)や3D GANs(Generative Adversarial Networks)、あるいはVQ-VAE(Vector Quantized Variational Autoencoder)の3D拡張などが研究されてきました。

例えば、3D GANsは、ランダムノイズからもっともらしい3Dボクセルデータを生成することを試みます。VQ-VAEを用いたアプローチでは、3D形状を離散的なコードブック上のベクトル列として表現し、これをTransformerのような系列モデルで生成するという手法も見られます。

ボクセルベースの生成は、明確な構造を持たない有機的な形状や、破壊・変形といった操作のシミュレーションとの親和性が高い一方、高解像度のボクセルデータを扱うには膨大なメモリと計算リソースが必要となる課題があります。アート応用としては、独特のボクセル調の空間表現や、破壊と生成を組み合わせたダイナミックなインスタレーションなどが考えられます。

メッシュベース生成:表面形状の精密な制御

メッシュ表現は、ゲームや映画、プロダクトデザインなど、既存の3Dグラフィックスパイプラインとの互換性が高い形式です。AIによるメッシュ生成にはいくつかの方向性があります。

一つは、点群やボクセルといった他の形式で生成されたデータをメッシュに変換する手法です。もう一つは、直接メッシュ構造を生成あるいは変形するアプローチです。直接的なメッシュ生成は、グラフニューラルネットワーク(GNN)を用いてメッシュの頂点や辺の関係性を扱いながら形状を生成する手法や、既存のベースメッシュを変形していく手法などがあります。

また、近年は、メッシュの形状とテクスチャを同時に生成したり、画像やテキストといった他のモダリティからの条件付き生成も研究されています。微分可能なレンダリング(Differentiable Rendering)技術と組み合わせることで、生成されたメッシュを画像としてレンダリングし、その結果と目標画像を比較しながらメッシュ形状を最適化するアプローチも強力です。メッシュベースの生成は、より伝統的な3Dアートワーク制作プロセスへの統合が容易であり、精密な形状制御が可能なため、多様なスタイルでの応用が期待されます。

NeRFとその派生技術:光の場を学習する革新

近年、3次元コンテンツ生成において特に注目を集めているのが、Neural Radiance Fields(NeRF)に代表される符号化表現(Neural Fields)のアプローチです。

NeRFは、複数の視点から撮影された2次元画像群を入力として、そのシーンの「光の場」(Radiance Field)をニューラルネットワークとして学習します。具体的には、空間上の任意の点 (x, y, z) と、その点から特定の視点方向 (θ, φ) を入力として、その点の持つ色と、その点における光線の密度(どれだけ光を遮るか)を出力するMLP(多層パーセプトロン)を学習します。

# NeRFの概念的な入出力(Pytorchなどを想定)
import torch.nn as nn

class NeRFModel(nn.Module):
    def __init__(self):
        super(NeRFModel, self).__init__()
        # 例:位置情報(x,y,z)と方向情報(theta, phi)を入力とするMLP
        # 実際の実装では位置・方向情報を高次元に埋め込む手法が用いられる
        self.mlp = nn.Sequential(
            nn.Linear(in_features=60+24, out_features=256), # Positional Encoding後の次元を想定
            nn.ReLU(),
            # ... 他の層 ...
            nn.Linear(in_features=..., out_features=4) # RGB + Density を出力
        )

    def forward(self, points, directions):
        # points: (N, 3), directions: (N, 3)
        # Positional Encodingなどの前処理後、MLPに入力
        encoded_inputs = self.encode(points, directions)
        output = self.mlp(encoded_inputs) # 出力は (N, 4) で、RGB + Density
        return output[:, :3], output[:, 3] # 色と密度に分割

    def encode(self, points, directions):
        # Positional Encodingなどを実装
        pass

# 学習されたNeRFモデルを使って新しい視点からの画像を合成する
# (これはレンダリングプロセスであり、NeRFモデルのforwardパスとは異なる)
# Ray marchingを行い、光線を追跡して、サンプル点ごとにNeRFモデルを評価し、体積レンダリングを行う

学習済みのNeRFモデルは、任意の新しい視点からの高品質な画像を合成することを可能にします。これは、単一のオブジェクトだけでなく、複雑なシーン全体を表現できる点で非常に強力です。

NeRFには学習に時間がかかる、静的なシーンに限定されるなどの課題がありましたが、瞬時に学習を終えるInstant NeRFや、動的なシーンを扱うDynaNeRF、さらに高品質・高速なレンダリングを可能にする3D Gaussian Splattingなど、多くの派生技術が登場しており、実用性は飛躍的に向上しています。

NeRFは、写真や動画といった既存のメディアから、リアリティのある3次元空間を生成することを可能にし、バーチャルツアー、デジタルアーカイブ、そしてインタラクティブアートなど、没入感のある表現への応用が期待されています。

AIによる3次元生成アートの創造プロセスと応用事例

AIによる3次元生成は、単に技術的に複雑な形状を自動で作るだけでなく、人間の創造性を刺激し、拡張するツールとしての可能性を秘めています。

創造プロセスにおけるAIの役割:

応用事例:

これらの事例は、単にツールとしての利用に留まらず、AIが生成する予測不能性や複雑性を、人間のアーティストが解釈し、文脈を与え、新たな創造性へと昇華させる共創的なアプローチを示唆しています。

技術的課題と今後の展望

AIによる3次元生成技術は急速に進歩していますが、まだ多くの技術的課題が存在します。高解像度かつ複雑な形状の生成、物理法則に基づいた生成、リアルタイムでの高速生成、そして人間の意図をより正確に反映するための制御性の向上などが重要な研究テーマです。

特に、単一のオブジェクト生成から、意味的な関係性や物語性を持つ複雑なシーン全体の生成、さらには生成された3D空間内でのインタラクティブな体験設計へと、AIの役割は拡大していくでしょう。また、ボクセル、メッシュ、NeRFといった異なる表現形式の利点を組み合わせるマルチモーダルなアプローチや、異なるAIモデル間での連携も進むと考えられます。

AIが3次元空間を「理解」し、「創造」する能力を高めることは、建築、デザイン、エンターテイメント、科学シミュレーション、そしてアートといった多様な分野に革新をもたらす可能性を秘めています。

結論:AIと拓く3次元創造の未来

AIは、2次元画像の領域で創造性を拡張するだけでなく、ボクセル、メッシュ、そしてNeRFに代表される革新的な技術を通じて、3次元空間におけるアート表現の可能性を大きく広げています。これらの技術は、写実的な空間の再現から、抽象的で非現実的な形状の生成、さらにはインタラクティブで変化する体験の創造まで、多様な表現を可能にします。

AIによる3次元生成は、人間のアーティストにとって、単なる制作効率化のツールではなく、既存の手法では到達しえなかった新しい表現領域への扉を開くパートナーとなり得ます。技術的な側面を深く理解し、その特性を踏まえた上でAIと対話し、共に試行錯誤するプロセスこそが、これからの3次元AIアート共創の核となるでしょう。

この分野の進化はまだ始まったばかりであり、技術と芸術の融合から生まれる未知の表現に、私たちは期待を寄せています。